屋久島

グレープフルーツジュース 東京編

東京

新幹線は終点東京を告げ、危なげなくゆっくりと止まった。プシュー、という扉の空気が抜ける音と同時に、7月の熱気が顔に降りかかる。夏か、と人並みの感想を呟き改札口へ向かう。

メールの受信歴をもう一度確認すると「秋葉原の改札近くで待つ」という何ともぶっきらぼうな字面が並んでおり、いつも心ここに在らずの彼の顔を思い出した。

長身の彼のことはすぐに見つけることが出来た。「久しぶり」の挨拶に、彼は右口角のみをキュッと結び、はにかんだように小さく手を挙げた。今日は彼の家に泊めてもらうことになっている。その彼の家は西高島平にあるらしく、彼曰く「辺境の地」らしい。帰る前に何かで腹を膨らませて行こうと店を探すことになった。

グレープフルーツジュースと本音

神保町で降り、彼と飲み屋へ立ち寄った。”手羽先”と大きく看板を出すそれとは対照的に、店員はおすすめの手羽先を頼んでもちっとも喜んではくれなかった。「なんで行こうと思ったの」流石に聞かれるだろうと思ってはいたが、どう答えるべきか言葉に詰まる。「くたくたになるまで生きるんだって覚悟を探しに」感覚的に最も近いそれを答える。彼は、ははっと笑って、その後に「ほーん」とグレープフルーツジュースを飲みながら相槌し、それ以上はその話題について触れてくることはなかった。

電車は1駅毎に人々を少しずつ吐き出し、終点西高島平駅に着く頃には数えるほどとなった。改札を抜け、アーケードを歩く。「パチンコ屋しかねーんだよここ。駅前だっていうのに飲み屋もないし。」彼の言う通りアーケードから見下ろす街はパチンコ屋のネオンだけが夜に溶け込んでいた。街灯は頼りなく道端を照らし、どこか物悲しい空気に満たされていた。

久しく会っていなかった彼の母が、布団を敷いて待っていてくれた。「お久しぶり」と話す彼の母親と彼を見比べ、やはり顔は母親似だなと、彼の父親を見たこともないが思った。彼の母はオムツをしたヨークシャーテリア犬を抱え「この子も歳をとったのよ」と、静かに毛並みを整えるよう撫でた。

「ギター見る?」

彼はつい今年から、30歳を手前にしてギタークラフトの学校に行き始めた。家でもギター、ベースを作っているらしく、彼の部屋は雑多に木の板がいくつも重ねられていた。制作途中と思われるアコースティックギターに、ギターは人の手で作れるものなのだ、ということを改めて実感させられた。

「もっと早く、やりたい事を見つけてくれれば良かったのにねー」と彼の母は冗談混じりで、彼へ聞こえるよう僕へ賛同を求めた。彼はテレビを観ており、こちら側を向かなかった。

常夜灯の中で

二つ並べられた布団の片方に彼が横になっている。彼の隣に腰を下ろすと「消すよ」と同時に電灯が消えた。静まり返った部屋に、彼が隣にいるのにもかかわらず急に孤独を感じた。ぽつりと彼が息を吐くように呟いた。「やりたい事なんて簡単に見つかるもんじゃない、本当にやりたい事なのかどうか確かめるために学校に行こうと決めた」彼はもう誰の力も必要としていないことが分かり、彼自身の力で生きていけることがハッキリと分かった。

朝4時45分のアラームに叩き起こされ、こっそり物音を立てないように支度をする。お世話になりました、と玄関のドアをゆっくりと閉めた。

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