屋久島

縄文杉 最終章

トロッコ道

炎天下の中、トロッコ道をひたすらに歩く。木々が日傘代わりとなり木漏れ日が線路に溢れている。眼前いっぱいに広がる丘陵は、陽の光を浴びて空の青に溶け込み、それぞれの輪郭がぼやけて見えた。

誰ともすれ違うことなく、木々が擦れ合う音を置き去りに、何処までも続く線路の上を歩く。汗がじとじと染み出し、歩く距離と比例してシャツの重さが増した。

1時間程歩くと遠くに動くものが見えた。足を止めて目を凝らす。線路の上を気怠そうに猿が歩いている。速度を緩めゆっくりと近づく。1mの距離でお互いの顔を覗き込み、風が間をすり抜ける。この場所ではそれ当たり前であるのだと自分に言い聞かせ、猿に道を譲る。猿も線路から外れまた先を見据えて歩き出した。振り返る事なく去って行く後ろ姿は、どこか物憂い雰囲気を醸し出していた。

しばらく歩くと線路が途切れ、小屋が見えた。下山して来た人達を横目に”ウィルソン株”と矢印が書かれた看板に従い、簡素に建てられた木造の階段を上る。途端、景色が一変した。辺り一面が薄暗い。陽の光が届かないほどに深い湿原へと足を踏み入れていることに気付く。あれだけ喧しかった蝉の声も遠くに聞こえ、ざわざわと森の息づかいを感じた。

ウィルソン株

道と呼ぶには粗末な悪路を、苔の生えていない石を選びその上を歩く。幾千もの人々に踏みしめられている石は苔が生える余地は無いのだ。ただただ足を前へ運ぶ。しばらくすると視界がひらけた。ぽっかりと口を開け、苔を装飾にまとった小屋並に大きい切株がそこにある。辺りには誰も居ない。誰に説明されるでもなくそれがウィルソン株だと分かった。息も切れぎれにバックパックを下ろす。ウィルソン株の中へ入ると冷たい風が流れていた。小さな祠があり、手を合わせる。首を目一杯反らせ見上げると、切り抜かれた空が触れそうなほど近くにあった。

バックパックを背負い、また歩き始める。途中、沢の水を汲み浴びるように飲んだ。ふと、例の映画に登場する詩を思い出した。

草原のど真ん中の一本道を
あてもなく浪人が歩いている
ほとんどの奴が馬に乗っても
浪人は歩いて草原を突っ切る
早く着くことなんか目的じゃないんだ
雲より遅くてじゅうぶんさ
この星が浪人にくれるものを見落としたくないんだ

葉っぱに残る朝露
流れる雲
小鳥の小さなつぶやきを聞きのがしたくない

だから浪人は立ち止まる
そしてまた歩きはじめる

初めてこの映画を観たのは16歳の頃だった。あの頃の自分は何をしていただろうと記憶を辿る。そして、28歳の今の自分は、何をしているということになるのだろう。

縄文杉

自分の呼吸の音だけが聞こえる。足がもう上がらない。あとどれくらい歩いたら縄文杉へ辿り着くのか。ふと、ぼーっとした思考で、気が遠くなるほどの年月を生きてきた縄文杉の強さを思った。誰の目にも触れることなく、この秘境で、ただ生きてきた木々達。今隣に在るのは、森という”風景”ではなく”命”だと感じる。

足元ばかり見つめて歩いていると、突然視界の上方に真新しい木の階段が見えた。 近くに看板が立っており”展望台”と書かれている。辺りには誰もいない静かな空間を、階段を登る音が優しくこだまする。そこに、縄文杉がいた。バックパックを下ろし、貸切りの展望台のデッキに崩れるように寝転んだ。日はまだ高く、木の葉の間の青に目が眩しい。また会いに来れるかな、と少し先のことを思った。縄文杉は森の中で、静かに生きていた。

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